【岡本太郎の名言:Taro Okamoto】 あなたが人生に迷ったときに心の支えになる賢人の言葉 【1】

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人生に迷った時、普通ではない人からの言葉

岡本太郎

日本の芸術家。血液型はO型。1929年から1940年までフランスで過ごす。抽象美術運動やシュルレアリスム運動と直接関わった。第二次世界大戦後、日本で積極的に絵画・立体作品を制作するかたわら、縄文時代や沖縄のプリミティブな美術を再評価するなど、文筆活動も精力的に行った。

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● 人生はキミ自身が決意し、貫くしかないんだよ。

● よく、あなたは才能があるから、岡本太郎だからやれるので、凡人には難しいという人がいる。そんなことはウソだ。やろうとしないから、やれないんだ。それだけのことだ。

● なんでもいいから、まずやってみる。それだけなんだよ。

● 自分らしくある必要はない。むしろ、人間らしく生きる道を考えてほしい。

● 自分の信じること、こうだと思うことに、わき目もふらず突き進むだけだ。

● 僕だってしょっちゅう行き詰っている。行き詰った方が面白い。それを突破してやろうと挑むんだ。もし、行き詰らないでいたら、ちっとも面白くない。

● 自分を賭けることで力が出てくる。能力の限界を考えていたら、何もできやしないよ。

● 自分自身にとって一番の障害であり敵なのは、自分自身なんだ。その敵であり、障害の自分をよく見つめ、つかんだら、それと闘わなければいけない。戦闘開始だ。

● 自分の価値観を持って生きるってことは、嫌われても当たり前なんだ。

● 人生は積み重ねだと誰でも思っているようだ。僕は逆に、積み減らすべきだと思う。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。

● 挑戦した不成功者には、再挑戦者としての新しい輝きが、約束されるだろうが、挑戦を避けたまま、オリてしまったやつには、新しい人生などはない。

● 画家にしても、才能があるから絵を描いているんだとか、情熱があるから行動できるんだとか人はいうが、そうじゃない。逆だ。何かをやろうと決意するから意志もエネルギーも噴き出してくる。何も行動しないでいては意志なんてものありゃしない。

● 逃げない、はればれと立ち向かう、それがぼくのモットーだ。

● 自分はあんまり頭もよくないし、才能のない普通の人間だから何もできないんじゃないか、なんて考えるのは誤魔化しだ。そういって自分がやらない口実にしているだけだ。才能なんてないほうがいい。才能なんて勝手にしやがれだ。

● 愛の前で自分の損得を、考えること自体ナンセンスだ。そんな男は女を愛する資格はない。

● 自信はない、でもとにかくやってみようと決意する。その一瞬一瞬に賭けて、ひたすらやってみる。それだけでいいんだ。また、それしかないんだ。

● 自分を他と比べるから、自身などというものが問題になってくるのだ。我が人生、他と比較して自分を決めるなどというような卑しいことはやらない。ただ自分の信じていること、正しいと思うことに、脇目もふらず突き進むだけだ。

● 手なれたものには飛躍がない。常に猛烈なシロウトとして、危険をおかし、直感に賭けてこそ、ひらめきが生まれるのだ。

● 人生、生きるということ自体が、新鮮な驚き、喜び、新しく開かれていく一瞬一瞬であり、それは好奇心という浮気っぽいもの以上の感動なんだ。

● 危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。

● 人間にとって成功とはいったいなんだろう。結局のところ、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。夢がたとえ成就しなかったとしても、精一杯挑戦した、それで爽やかだ。

● 自分という人間を、その瞬間瞬間にぶつけていく。そしてしょっちゅう新しく生まれ変わっていく。エネルギーを燃やせば燃やすほど、ぜんぜん別な世界観が出来てくる。

● 本当に生きるということは、いつも自分は未熟なんだという前提のもとに平気で生きることだ。それを忘れちゃいけないと思う。

● 人生の目的は悟ることではありません。生きるんです。人間は動物ですから。

● 自己嫌悪なんて、いい加減のところで自分を甘やかしていないで、もっと徹底的に自分と闘ってみよう。すると、もりもりっとファイトが起こってきて、己自身を乗り越えてしまうし、自己嫌悪なんか吹っ飛んでしまう。

● 僕は、プライドというのは絶対感だと思う。僕がバカであろうと、非力であろうと、それがオレだ、そういう自分全体に責任をもって、堂々と押し出す。それがプライドだ。

● 眼の前にはいつも、なんにもない。ただ前に向かって身心をぶつけて挑む。瞬間、瞬間があるだけ。

● 農作業でも、コンピュータの操作でも、強制された労働としてやれば苦役だが、自由な遊びとして創造的に取り組む限り、それは喜びだ。

● 面白いねぇ、実に。オレの人生は。だって道がないんだ。

● 人間は誰もが未熟なんだ。自分が未熟すぎて心配だなどというのは甘えだし、それは未熟ということをマイナスに考えている証拠だ。僕に言わせれば、弱い人間とか未熟な人間の方が、はるかに膨れ上がる可能性を持っている。熟したものは逆に無抵抗なものだ。

● 四角い枠にこだわるな。キャンバスからはみ出せ。

● 夢を見ることは青春の特権だ。これはなにも暦の上の年齢とは関係ない。10代でも、どうしようもない年寄りもいるし、70、80になってもハツラツとして夢を見続けている若者もいる。だから年齢の問題ではないが、青年の心には夢が燃えている。

● 人生に命を賭けていないんだ。だから、とかくただの傍観者になってしまう。

● 「いまはまだ駄目だけれど、いずれ」と絶対に言わないこと。「いずれ」なんて言うヤツに限って、現在の自分に責任を持っていないからだ。生きるというのは、瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。

● 自分が何をやりたいか、何を伝えたいかが分かっていたら、技術は後からついてくる。

● 人間本来の生き方は無目的、無条件であるべきだ。それが誇りだ。死ぬのもよし、生きるもよし。ただし、その瞬間にベストを尽くすことだ。現在に強烈に開くべきだ。未練がましくある必要はないのだ。

● なければなおいい、今まで世の中で能力とか、才能なんて思われていたものを越えた、決意の凄みを見せてやる、というつもりでやればいいんだよ。

● いま、この瞬間。まったく無目的で、無償で、生命力と情熱のありったけ、全存在で爆発する。それがすべてだ。そうふっきれたとき、僕は意外にも自由になり、自分自身に手ごたえを覚えた。

● 人間にとって成功とはいったいなんだろう。結局のところ、自分の夢に向かって、自分がどれだけ挑んだか、努力したかどうか、ではないだろうか。

● 自分を認めさせようとか、この社会の中で自分がどういう役割を果たせるんだろうとか、いろいろ状況を考えたり、成果を計算したり、そういうことで自分を貫こうとしても、無意味な袋小路に入ってしまう。

● 生きる。その実体は瞬間にしかない。

● 僕は生きるからには、歓喜がなければならないと思う。歓喜は対決や緊張感のないところからは決して生まれてこない。

● どういうことを言おうとしているのか、自分でつかめていないのに、人に伝わるわけがない。

● 多くの他人との出会いによって、人間は「他人」を発見する。「他人」を発見するということは、結局、「自己」の発見なのだ。つまり、「自己」を発見するためには、大勢の協力者が必要になる。

● 人は自分にないもの、むしろ反対のものに惹かれるんだ。

● 人間には、自由という条件が必要だ。自由というのは、たんに気楽にやりたいことをやるのではない。そうではなく、できるかぎり強烈な人生体験を生きるのが、自由の条件だ。

● 周囲に対しても、自分に対しても、挑み続けなくてはいけない。

● 自由に、明朗に、あたりを気にしないで、のびのびと発言し、行動する。それは確かに難しい。苦痛だが、苦痛であればあるほど、たくましく挑み、乗り越え、自己を打ち出さなければならない。若いときこそそれが大切だ。この時代に決意しなければ、一生、生命は開かないだろう。

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上手くやろう、成功しようとするから、逆に上手くいかない。人生上手くやろうなんて、利口ぶった考えは、誰でも考えることで、それは大変いやしい根性だと思う。

世の中上手くやろうとすると、結局、人の思惑に従い、社会のベルトコンベアーの上に乗せられてしまう。一応世間体もよく、上手くはいくかもしれないが、本当に生きているのではない。流されて生きているにすぎない。

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● 他の誰もがやらないものを、孤独の中で創造する。それが自己発見だ。

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若い人たちに言いたい。ただの生ぬるいサラリーマンになることは容易だ。しかし、そこでは本当の自分を誤魔化して、画一化するよりほかはないのだ。
それよりも、自分の目、手で触れる、だからこそ危険な道を切り拓いていくべきだ。決して遅くはない。諦めて、投げてしまってはならない。
あえて敗れることを決意して、社会にぶつかるのだ。それによって、さらに大きな、輝かしい人間像を形成していくのである。

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● 人間というのは、生まれつきのかたちで、生きているのがいちばん美しいんだ。

● 俗に「失敗は成功のもと」という。そんな功利的な計算ではなく、イバラの道に傷つくことが、また生きる喜びなのだ。通俗的な成功にいい気になってはならない。むしろ「成功は失敗のもと」と言いたい。その方が、この人生の面白さを正確に言い当てている。

● 「いつか」なんて、絶対ない。いつかあるものなら、今、絶対あるんだ。今ないものは、将来にも絶対にない。

● 生涯を通じて、瞬間瞬間の危険に賭けるのが真の人間の在り方だと思う。

● 自分の中にどうしても譲れないものがある。それを守ろうとするから弱くなる。そんなもの、ぶち壊してしまえ!

● 才能のあるなしに関わらず、自分として純粋に生きることが、人間の本当の生き方だ。頭がいいとか、体がいいとか、また才能があるなんてことは逆に生きていくうえで、マイナスを背負うことだと思った方がいいくらいだ。

● ぼくは口が裂けても、アキラメロなどとは言わない。

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何か、これと思ったら、まず、他人の目を気にしないことだ。また、他人の目ばかりでなく、自分の目を気にしないで、委縮せずありのままに生きていけばいい。

これは、情熱を賭けられるものが見つからないときも大切だ。つまり、駄目なら駄目人間でいいと思って、駄目なりに自由に、制約を受けないで生きていく。

そうすれば、何か、見つけられるチャンスがおのずから開けてくる。一日も早く実行してみるといい。

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● ひとりぼっちでも社会の中の自分であることには変わりはない。その社会は矛盾だらけなのだから、そのなかに生きる以上は、矛盾の中に自分を徹する以外ないじゃないか。

● 自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。

● この世に苦しみ悩んでいるのは決して自分だけじゃない。世の中のほとんどが、同じ悩みを持っていると言ってもいい。不満かも知れないが、この社会生活以外にどんな生き方があるか。ならば、まともにこの社会というものを見据え、自分がその中でどういう生き方をすべきか、どういう役割を果たすのか、決めなければならない。

● 情欲に流されるのはいい。だけど、流されているという自覚を持つんだ。

● 社会内の個。純粋であればあるほど人生というものは悲劇だ。人間はすべて矛盾の中に生きている。だから矛盾に絶望してしまったら負け、落ち込むのだ。それよりも、矛盾の中で面白く生きようと、発想を転換することはできないだろうか。

● 信念のためには、たとえ敗れるとわかっていても、おのれを貫く。

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僕はかつて、出る釘になれと発言したことがある。誰でもが、あえて出る釘になる決意をしなければ、時代は開かれない。
僕自身はそれを貫いて生きてきた。確かにつらい。が、その痛みこそが生きがいなのだ。

この現代社会、システムに押さえ込まれてしまった状況の中で、生きる人間の誇りを取り戻すには、打ち砕かれることを恐れず、ひたすら自分を純粋に突きだすほかはないのである。

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● ほんとうの対決というのは、自分を相手にぶつけ、相手も自分にぶつかってきて、お互いがそれによって、活きることが対決なんだよ。

● 矛盾は結構だ。矛盾をむしろ面白いと考え、そのズレを平気で突きだせばいいのだ。そうすれば、いままでのオッチョコチョイとは違ってくる。今度はみんなが本当に喜ぶ不思議な魅力を持った人間になる。

● そういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞとぼくはいいたいんだ。

● 自分を大事にしすぎているから、いろいろと思い悩む。駄目になって結構だと思ってやればいい。最悪の敵は自分自身なんだから。自分をぶっ壊してやろうというつもりで、そのくらいの激しさで挑まなければ、いままでの自分を破壊して、新しい自分になることはできない。

● 青春は永遠に、はじめからのやり直しだ。

● 友達に好かれようなどと思わず、友達から孤立してもいいと腹を決めて、自分を貫いていけば、本当の意味でみんなに喜ばれる人間になれる。

● 男性だけの世界観は本当のものじゃない。女性だけの世界観もほんとうものものとはいえない。この男と女の世界観がぶつかり合って、そこで初めてほんとうの世界観が生まれるんだ。

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激しく挑み続けても、世の中は変わらない。しかし、世の中は変わらなくても自分自身は変わる。

世の中が変わらないからといって、それでガックリしちゃって、ダラッと妥協したら、これはもう絶望的になってしまう。
そうなったら、この世の中がもっともっとつまらなく見えてくるだろう。だから、闘わなければいけない。闘い続けることが生きがいなんだ。

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参照画像【芸術家・岡本太郎の最大にして最高傑作「明日の神話」】

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