【予想通りに不合理】 社会規範のコスト:なぜ楽しみでやっていたことが、報酬をもらったとたん楽しくなくなるのか

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ふたつの規範がつくる世界

社会規範が優勢な世界と市場規範が規制する世界に同時に生きている。社会規範には、友達通しの頼みごとが含まれる。 人生において社会規範と市場規範をべつべつの路線に隔てれば、人生はかなり順調にいくと指摘している。

社会規範と市場規範が衝突するとたちまち問題が起こる。
以下の最近の事例は、私自身大変驚いた内容である。

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マルチ商法:問題点

法律違反や「人間関係のしがらみ」を利用した断りにくい勧誘方法など様々な問題のある活動が相次いだことにより、各地の国民生活センターや消費生活センターへ契約に関しての問い合わせ・相談が多く寄せられたこともあって、国民生活センターや消費生活センターでは、マルチ商法を悪質商法であるとし、注意喚起を行っているのが実情である。またマルチ商法特有の取引形態やイメージのため、一般市民からは「ねずみ講」と誤解・混同されることも少なくない。 上記の為、社会一般でマルチ商法と言うとき、その印象は極めて悪いものとなっている。商法の呼称に関わらず特定商取引法にいう「連鎖販売取引」に該当している限り同法の規制を受けることとなる。

参照記事 【影響力の武器】

【影響力の武器を武器にする】 第2章 返報性―昔からある「ギブ・アンド・テーク」だが…
【影響力の武器を武器にする】 第4章 社会的証明―真実は私たちに

「慈善行為のアピール」

国内においても、ソーシャル(友達関係)を利用した規範の曖昧さ(モラルハザード)の問題が各所で起きている。私自身もこの手の話についてはよく聞かされる。社会規範スレスレで近づき、市場規範を持ち出す行為は、遠い話ではなく、すぐ身近に起こりやすい話なのだ。

 

社会規範から逸脱してしまったあと

私たちはふたつの世界に住んでいるという。一方は社会的交換の特徴をもち、もう一方は市場的交換の特徴をもつ。
この二種類の人間関係にそれぞれ違った規範を適用する。

社会的交換に市場規範を導入すると、社会規範から逸脱し、人間関係を損ねることになる。一度この失敗を犯すと、社会的な関係を修復するのは難しいと指摘している。ウリ・ニージーとアルド・ルスティキーニによる社会規範からの市場規範への切り替えへの長期的影響を非常にうまい方法で調査している。

【イスラエルの託児所での実験】

子供の迎えに遅れてくる親に罰金を科すのが有効かどうかの調査を行った結果、罰金は上手く機能しないばかりか、長期的に見ると悪影響が出ると結論付けた。

なぜか?導入される前は、先生と親は社会規範をあてはめていた。ところが、罰金を科したことで、託児所は意図せずに社会規範を市場規範に切り替えてしまった。

遅刻した親はお金で払うことになると、市場規範でとらえることとなり、罰金を科されるのだから、遅刻するのもしないのも決めるのは自分とばかりに、親にはちょくちょく迎えの時間に遅れるようになった。言うまでもなく、これは託児所側の思惑とは違っていた。

ほんとうの話はここからはじまる。もっとも興味深いのは、数週間後に託児所が罰金制度を廃止してどうなったかだ。
託児所は社会規範にもどった。親たちも社会規範にもどり、遅れて申し訳ないと思う罪悪感は復活したのか?

【結論】

本書の報告では、罰金はなくなったのに、親たちの行動は変わらず、迎えの時間に遅れ続けた。むしろ罰金がなくなってから、子供の迎えに遅刻する回数がわずかだが増えてしまった。この実験は悲しい事実を物語っている。社会規範と市場規範が衝突すると、社会規範はどこかへ消えてしまうのだ。社会規範は一度でも市場規範に負けると、まずは戻ってこない。

上記のソーシャルで数を集めた人間のマルチ疑惑や詐欺未遂もそうだが、社会規範で繋がったと思ったら、その数の力を使ってモラルを欠いた市場規範を持ち出そうとするときに衝突が起こる。

警視庁渋谷署 自転車の集中取り締まりを実施

歩道の自転車取り締まり強化 警察庁、全国に指示警察庁は25日、ルールやマナーを無視して歩道を走行する自転車が後を絶たず事故も多発しているとして、取り締まり強化などを柱とした自転車総合対策をまとめた。指導・警告で自転車の車道通行の原則と歩道通行の例外を徹底させ、悪質で危険な運転は交通切符(赤切符)で摘発するよう全国の警察に指示した。同庁は「全ての自転車を歩道から排除するわけではない。子どもを乗せてゆっくり走る母親は取り締まりの対象外。ルールとマナーを守ってもらい、事故を減らすことが目的だ」としている。

参照記事 【共同通信】

社会規範で暗黙のルールでとやかく言わない件で、少し前に市場規範になったのが、この取り締まり強化である。
元々乗り手側のモラルが試されたような状態だったが、年々増える一部の悪質な乗り手の為に、規範を変えた取り組みが行われている。どうなるのか推移を見守りたい。

ふた股はかけられないが巧妙にかけてくることが近年は多い

社会規範と市場規範の微妙なバランスは、ビジネスの世界にも当てはまる。ここ二、三十年、各企業は社会的な企業として売り込もうとしている。自分たちのことを家族か、少なくとも同じ通りに住んでいる友人だと思いたがっている。

また私のような個人が少しでも、ビジネスのネタを話す場合、商売人は特に売り込まれないように身構えするが、いざ自分の事となるとすかさず市場規範で、私にPRしてきて物を売りまくろうとしてくる。それは自分中心とした友人のような切り口なのである。いやあんた商売人だろって(最終的にお金を取るので社会規範での説得力はない。)言いたくなりますが、矛盾していることの自覚症状が無い場合が多い。

これはどういう心理かと最近の自分だけの研究対象項目でもある。ビジネスマンとビジネスマンであれば、最初から市場規範であるのだから、ビジネスの話には、お互いに認めるべきだろうが、やはり予想通りに不合理、おそらくある種の認知バイアスにかかっている可能性がある。

さて、本書でも同じ結論至っているが、あなたが企業側であれば、ふた股はかけることは出来ないと肝に銘じるように助言することを伝えている。社会的な関係を望むのであればそうすればいい。ただし、どんな状況のときでもその関係を維持しなければならないことを警告している。

シンプルにサービスを打ち出し、どんな社会規範も社会的な期待も提示しないことが大事であり、しょせんビジネスだと割り切るべきと主張している。

参照記事 【影響力の武器】

【影響力の武器を武器にする】 第5章 好意―優しい泥棒
【影響力の武器を武器にする】 第8章 手っとり早い影響力―自動化された時代の原始的な承諾

市場規範を排除した世界

Burning Man Festival:バーニングマン:お金の無い社会を創り出すイベント

最初は仲間内で二メートル半ほどの木製の人形と少し小さい木製の犬をつくることになり、実際につくりあげて、最終的に燃やしたのがはじまりだった。 以来燃やす人形はどんどん大きくなり、参加する人数もずいぶん増えた。いまや最大級のアートフェスティバルに数えられるようになり、試みは続けられている。

最も驚きべきことに、このイベントが市場規範を排除していることだ。バーニングマンではお金が使えないルールとなっている。開催地全体が、プレゼント交換経済で動いている。 贈り物をすることによって、貰った人がいずれ自分(あるいは別の誰か)に何かを贈り返すだろうという共通理解を認識することを考えている。著者も参加したことが書いているが、はじめはひどく奇妙な感じがしたそうだが、すぐに規範になじんだようだ。

意外にも経験した中で、懐が深く社交的で思いやりのある空間だったと回想し記載している。また社会規範が多めの生活のほうが、気持ちよく有意義に充実感をもって楽しく暮らせると確信したようだ。 社会をバーニングマンのように再生することでなく、社会規範が私たちの評価をはるかに超える大きな役割を社会に対して果たせるのだと心にとめておくことだと伝えている。

この点に関しては私も異論はない。

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