【最強組織の法則】組織に属する経営陣と従業員が陥りやすい 企業の抱える 7 つの学習障害

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共通する企業の七つの学習障害

つぶれる会社のほとんどには、前もってその会社がトラブルを抱えている証拠がたっぷりある。
たとえ個々の管理職がそれを意識していても、この証拠に注意が払われることは無い。

組織というものは全般に、差し迫る脅威を認識することもできなければ、その脅威の意味を理解し対策を思いつくこともできないのである。

社員やオーナーには辛かろうと、それは単に経済土壌の掘り返しにすぎないし、生産資源が新たな会社と新たな文化に再分配させるだけなのだから。しかしこの高い企業死亡率が、つぶれる企業だけでなくすべての企業を冒している根深い問題の兆候だとしたら。

それを治療する第一歩は、次の七つの学習障害を知ることからはじまるだろう。

1. 職務イコール自分症候群
2. 敵は向こうにシンドローム
3. 積極策の幻想
4. 個々の出来事にとらわれる
5. ゆでられた蛙の寓話
6. 体験から学ぶという錯覚
7. 経営チームの神話の幻想

これらを順にみていこう。 
さらに詳しい内容を知りたい方は 【 最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か 】 を参照されたし。

1. 職務イコール自分症候群

仕事に忠実であれと人は教えられる。過度に強調された際に起こる仕事と自分自身をごっちゃになってしまう症候群を示す。ある企業に長年勤めた人が突然の失業状態に陥り、他の仕事が出来ないという人々の間でこれは起こる。

“他の仕事なんてどうしてできますか?”や”私は〇〇(職務名例えば:機械工等)なんだから”と聞えてきた場合、職務イコール自分症候群ではないかと思われる。

お仕事は何ですかと訊ねられれば、ほとんどの人は自分が加わっている事業全体の目的ではなく、毎日やっている職務を答える。彼らは「仕事をこなし」時間分だけ働き、自分には左右しえない諸力に対処しようとつとめる。結果、自分の責任は職務の範囲までと考えがちになる。

組織の成員が自分だけの職務だけに気をとられると、すべての職務が関連しあって生まれる結果に対する責任感が薄れてしまう。不本意な結果の場合、原因が非常につかみにくくなる。誰がしくじったんだと思うようになってしまう。

2. 敵は向こうにシンドローム

ことがうまく運ばなかった時、他の誰か又は何かのせいにする傾向が高まる。営業部門は製造部門を非難し、製造部門は技術部門をとがめ、技術部門は営業部門に文句をつける。

自分の仕事にしか目が向かないと、自分の行動の影響が職務の範囲を超えてどう広がっていくのかが見えない。そんな行動が自分を害する結果になって戻ってくると、その問題の原因は外部にあると誤解する。

自分の影につきまとわれる男のように、問題をどうやっても振り払えない。またこのシンドロームは、組織内のどこかに責任を押し付けるだけにとどまらない。

企業であれば、事業が停止するのを知りつつ、低価格戦略を行使し、大宣伝を展開し、他社を買収するなど、最後のあがきに出ることもある。膨れ上がる赤字を食い止めることも、問題の核心も改善することが出来ず、衰退していく。

この学習障害のせいで「内で」使えるレバレッジ(急成長の法則)を見つけることが出来なくなる。

3. 積極策の幻想

困難に直面した際には攻撃に出なければならない。と経営者はよくいう。積極姿勢はとりわけ「受け身の姿勢」の解毒剤としばしば見られている。

しかしこうした「積極姿勢」は、きわめてしばしば、形を変えた受け身であることがある。「向こうの敵」と戦おうとひたすら攻撃的になれば、人は受け身に反応している。

真の積極姿勢は、自分の抱える問題にどのように寄与するかの見通しから生まれる。それは一時の感情から生まれるものではなく、冷静な考え方の産物なのである。

4. 個々の出来事にとらわれる

組織内を支配するのは出来事についての関心である。先月の売上高、新しい予算削減、前四半期の収益、だれそれの昇進や解雇、競争相手の発表した新製品等など。

だが出来事の裏にある長期的変化のパターンから目をそらさせ、そのパターンの原因の理解をおろそかにさせる。

出来事への固着は、人間本来の習性であるが、皮肉なことに、今日、我々の組織及び社会の生き残りにとっての中心的脅威は、不意の出来事からではなく、徐々にゆっくり進行するプロセスからくることだ。

たとえば、企業における環境破壊、公的教育システムの腐朽、設計や製造品質の低下など、これらはゆっくりとした漸進的過程である。

人々の考え方が短期的出来事に支配されている組織では、生成的学習は維持できない。出来事だけに集中してしまうと、最適な形で対応できるように、ある出来事が起こる前に予想するのがせいぜいである。しかし創造は学べない。

5. ゆでられた蛙の寓話

企業の倒産をめぐるシステム研究で、徐々に忍び寄る脅威に対しての不適応があまりにも多すぎるので「ゆでられた蛙」の寓話が生まれた。

蛙などの生物は、生存への脅威を感じ取る体内センサーが、環境のゆっくりとした漸進的変化ではなく、突然の変化を感じるように出来ている為、このような事が起こる。

徐々に変化していくプロセスを見極める力を養うためには、いまの慌ただしいペースを緩め、派手なものだけではなく、目立たないものにも注意を払う必要がある。

ペースを落とし、重大な脅威をしばしば隠している緩やかなプロセスに目を向けることを学ばなければ、あの蛙とおなじ運命をたどるだろう。

6. 体験から学ぶという錯覚

人は経験から学ぶのが一番身に付くと言われる。しかし行動がもたらす帰結を観察できない場合どうなるか?人はそれぞれ「学習地平」をもっている。

これは時間・空間における視野の幅で、その枠内で我々は自分の働きを評価するのだ。行動の帰結が自分の学習地平を超えたところにある場合、直接経験から学ぶことは不可能である。

組織のぶつかる学習ジレンマの核心がここにある。人は経験から最も多くの事を学ぶが、重要な決定の場合はたいてい、その帰結を直接には経験しないのである。

組織が重大決定を行うと、その影響はシステム全体に波及し、何年、あるいは何十年にもおよぶ。これらはまさに、試行錯誤によって学習するチャンスのほとんどない種類の決定である。

組織は伝統的に、自らを分割することによって、決定が与える広汎な影響に対処しようとする。機能的職階制を導入し、スタックにもっと「自由に働きやすく」する。

しかし、機能分割はいつしか封建領地に変わり、各機能の接触がほとんど絶たれてしまう。成り行きとして、会社の抱える最も重要な問題、機能の枠を超えた複雑な問題の分析が危ういものになるのである。

7. 経営チームの神話の幻想

企業におけるチームは、しばしば、縄張り争いをする一方、個人の体面を汚すことを避け、チームの全体戦略を全員が後押ししているふりをする。結束したチームを装うのに時間を浪費する。

そのイメージを保つため、意見の不一致を押さえ込もうとする。重大な疑問を抱いている者も、それを公に述べるのは控える。共同の決定は、全員が飲める内容を反した生ぬるい妥協の産物か、ひとりの考えを皆に押しつけたものになる。

意見の相違がある場合、それは責任のなすりつけあいか意見の二極分解となって表れ、基礎にある想定や経験の違いが浮き彫りにされてチーム全体が学べるようにならない。

経営者及び経営陣を長年調べている研究者であるハーヴァードのクリス・アージリスはこう評している。「彼らは型にはまった問題に関してきわめてうまく機能する。けれども当惑するような、または脅威をはらむ複雑な問題に直面すると、チームはガタガタになるようである。」

経営幹部のほとんどが集団での批判的検討そのものを警戒すると論じている。ほとんどの企業は、複雑な問題を究明するよりも会社の考え方を擁護するのに秀でた人間を評価する。

自分達を脅かしかねない新しい見解を締め出す。結果アージリスのいう「熟練した無能」経営陣自体が、学ぶことを避けるのにとてつもない能力を発揮する人々の群れと化すのだ。

まとめ

七つの学習障害は、どの組織にも当てはまり、いつ発現するかそれは誰にも分からない。しかし、これらの障害をもっとはっきりと眺めなければならない。多忙な日々で、見落とされがちなこうした事例は枚挙に暇がなく、ともするとあなたのそばにまぎれているかもしれない。

参照文献 組織とは、チームとは、学習していく組織とは、と問いを立てながら読んだ。とても良い書籍でした。

 

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