【Fermat’s Last Theorem】 フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

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傑作のノンフィクション

数々書籍を読んできたが、その中でも特に面白い作品であった。たぶんベスト5には入るだろう。長編の書籍であるが、文体が抜群に良く、スイスイ読めてしまう。しかも面白い。そこで今回は印象深いところをピックアップして取り上げてみたい。さらに詳しい内容を知りたい方は【フェルマーの最終定理 (新潮文庫)】参照されたし。

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フェルマーの最終定理
フェルマーの最終定理とは、3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせが存在しない、という定理のことである。フェルマーが驚くべき証明を得たと書き残したと伝えられ、長らく証明も反例もなされなかったことからフェルマー予想とも称されたが、360年後にアンドリュー・ワイルズによって完全に証明され、ワイルズの定理あるいはフェルマー・ワイルズの定理とも呼ばれるようになった。

Cubum autem in duos cubos, aut quadratoquadratum in duos quadratoquadratos, et generaliter nullam in infinitum ultra quadratum potestatem in duos eiusdem nominis fas est dividere cuius rei demonstrationem mirabilem sane detexi. Hanc marginis exiguitas non caperet.

立方数を2つの立方数の和に分けることはできない。4乗数を2つの4乗数の和に分けることはできない。一般に冪(べき)が2より大きいとき、その冪乗数を2つの冪乗数の和に分けることはできない。この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。

と書き残した。彼の残した他の書き込みは、全て真か偽かの決着がつけられたが、最後まで残ったこの予想だけは、誰も証明することも反例を挙げることもできなかった。そのため「フェルマーの最終定理」と呼ばれるようになり、プロ・アマチュアを問わず、無数の数学者がその証明に挑んだ。

孤独な戦い~闇の館

ワイルズは定理に取り組んでいる際に、その体験を真っ暗な館の探検になぞらえている。

最初の部屋に入ると、そこは暗いのです。真っ暗な闇です。それでも家具にぶつかりながら手探りしているうちに、少しずつ家具の配置がわかってきます。そうして半年ほど経ったころ、電灯のスイッチが見つかるのです。

電灯をつけると、突然に部屋のようすがわかる。自分がそれまでどんな場所にいたかがはっきりとわかるのです。そうなったら次の部屋に移って、また半年を闇の中で過ごします。

突破口は一瞬にして開けることもあれば、一日、二日かかることもありますが、いずれにせよ、それは何カ月ものあいだ闇の中で躓きながらさまよったからこそ到達できるクライマックスなのです。

確信そして成功へ

報道関係者たちは講演の噂を聞きつけていたようですが、幸運にも会場には来ていませんでした。それでも講演の終わりに近づくと、たくさんの人たちが写真を撮り始めました。

私が証明を口にすると、なんとも言えない威厳に満ちた静寂が訪れました。そこから私は黒板にフェルマーの最終定理を書き、こう言ったのです。『ここで終わりにしたいと思います』喝采がわき起こり、いつまでも止みませんでした」

成功した瞬間に相矛盾する感慨

すばらしい出来事だったには違いないのですが、私の気持ちは複雑でした。七年間というもの、これは私の一部であり、仕事としてはこれが全てだったのです。

私はこの問題に夢中で、この問題を独り占めしているときさえ感じていました。それなのに私はそれを手放そうとしていた。まるで自分の一部を打仕舞うような気分でした。

夢が悪夢にかわる

はじめの七年間、私は一人きりの戦いを楽しんでいました。どんなに難しくても、どれほど勝ち目がなさそうに見えても、私が取り組んでいたのは自分の大好きな問題だったのです。

これは子供のころからの情熱なのです。手放すなんてできません。いっときも離れたくありませんでした。それから私は結果を公表し、ある種の喪失感を味わいました。

それはとても複雑な気持ちでした。みんなの反応を目にしたり、私の証明が数学の流れを変えるさまを見たりするのは素晴らしいことでした。

しかしそれと同時に、私の夢は、みんなのものになってしまったのです。そして証明に問題があるとわかると、何十、何百、何千もの人たちが私の注意を逸らそうとしました。

あんな晒し者のような状態で数学をするのは私のやり方ではないし、噂に取り巻かれての数字は少しも楽しませんでした。

失墜~再び成功へ

「ある月曜日の朝、そう、九月の十九日のことです。私は机に向かってコリヴァギン=フラッハ法を吟味していました。この方法を生かせると思っていたわけではありませんが、少なくとも、なぜ駄目なのかは説明できるだろうと。

溺れる者は藁をつかむといった心境でしたが、私は自信を取り戻したかった。すると突然、まったく不意に、信じられないような閃きがありました。コリヴァギン=フラッハ法は完全ではないけれども、これさえあれば、最初考えていた岩澤理論が使えることに気づいたのです。

コリヴァギン=フラッハ法があれば、三年前に考えていたアプローチが使える。それはまるで、コリヴァギン=フラッハの灰の中から真の答えが立ち上がったようでした」

岩澤理論は、それだけでは不十分だった。コリヴァギン=フラッハ法もそれだけでは不十分である。それぞれが相手を補い合ってはじめて完全になるのだ。その閃きの瞬間をワイルズは決して忘れないだろう。その瞬間について語る時、あまりにも鮮烈な記憶にワイルズは涙ぐんだ。

名声を手に入れ解決したその後

「フェルマーの最終定理ほどの問題には、もう出会えないでしょう。これは子供のころに抱いていた情熱なのです。代わりになるものなどありません。けれども私は、その問題を解いてしまった。これからは、ほかの問題に取り組むことになるでしょう。なかには非常に難しい問題もあるでしょうから、それなりの達成感は味わえると思います。しかし、フェルマーのように、私をしっかりと捕えて放さない問題には、もう二度と出会うことはないと思うのです。」

「大人になってからも子供のときからの夢を追いかけ続けることができたのは、非常に恵まれていたと思います。これがめったにない幸運だということはわかっています。しかし人は誰しも、自分にとって大きな何かに本気で取り組むことができれば、想像を絶する収穫を手にすることができるのではないでしょうか。この問題を解いてしまったことで喪失感はありますが、それと同時に大きな解放感を味わってもいるのです。八年間というもの、私の頭はこの問題のことでいっぱいでした_文字通り朝から晩まで、このことばかり考えていましたから。八年というのは、一つのことを考えるには長い時間です。しかし、長きにわたった波乱の旅もこれで終わりました。いまは穏やかな気持ちです。」

以下は映像化されたドキュメンタリーとして放送された内容です。これも併せてみると理解が進みます。

Fermat’s Last Theorem (Complete)

 

読了してみて

実話でありながら、非常に楽しく読了。子供の時からの夢を実現させた人の人生は見ていて清々しい。現在の数学者達が挑んだテクニックを駆使し、広く展開して応用するその柔軟性がワイルズの才能ではないだろうか。綿密な計画と実践、戦略的な攻略手順、目標を立て、目的を果たすための用意周到な根回しなど、見習うべきところも多い。

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【参照書籍】 私はこの命題の真に驚くべき証明をもっているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない。_ピエール・ド・フェルマー

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参照画像 【“Fermat’s Last Theorem” (1996) – Review #22 】

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